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ごぶさたです。

2009年07月30日 17:17

ごぶさたしていました。
元気で…とは言いがたいですが、なんとか日々生活しています。

約一ヶ月空いてしまいました。
7月は天候不順の影響をまともに受けておりました。
梅雨明けが今年はえらい遅くて、夏晴れかと思いきや夏の夕立ともまた違うような豪雨や、次の日は一日どんよりなど、ゆらゆらぐらぐらと安定しなくて困ったものです。
朝起きて調子がよさそうでも、気圧がさがるとともに、おそらく自律神経が気圧変動の影響を受け、意味もわけもなく悲しくなる、いなくなりたいと漠然と思ってしまう…などウツの症状がでています。
これは正直コントロールができず、一体どのボタンを押せばなおるの、つーかそんなボタンなんかあんのかよ!とゆーような状態です。
自分のこころのクセとして、行動するよりまず頭でシュミレーションして「やっても仕方ない、愚痴をいっても仕方ない」とかすぐに頭の中で結論をだしてしまう傾向があるので、こういう相当にネガティブなときは気持ちのアウトプットすらやる気になれないのです。

今は家にこもっているので、人との関係性において精神的に摩耗・疲労することがないのですが、果たして仕事をしはじめたら日々そうした些細な摩擦が生じることに耐えられるのか、今から考えても仕方ないとはいえ不安です。

よそさまのブログも時々お邪魔してはいるのですが、そこに書かれていることを自分のなかに浸透させるだけの気持ちの余裕が自分になく、また、感想を言葉にするということがしずらかったこともあり、ネット活動自体が沈静状態でした。

それでもその間をぬってぼちぼち友人に会ったり、就職活動をしたりしていました。
先日はついに大阪まで行ってきました。これまで大阪まで通勤していたことの方が多かったとはいえ、今回行くだけで疲れたのに、果たして通勤できるのか。不安であります。


前回の診察で、私にとって家庭がある意味で崩壊したことがショックだったということが改めて判明しました。
もちろんわかっていたけど、これまでそれを覆っていた膜がはがれ、その事実と裸で向き合った、そんな感じでした。
私がいつもどちらかというと淡々と冷静に話すので、先生に「やっぱりショックだったですか」と聞かれて、そりゃショックに決まってる。自分が当たり前に持っているものがなくなれば誰だってショックだろう、あなただってそうでしょう?…とは言わなかったものの、改めてウツの原因や、ウツになって失ったものを感じました。

「失った」という現実はけっして変わりはしない。
失ったものはもとの完全なかたちには戻らない。
そこには、その現実と私が一対一で向き合っていて、その間でその現実を私がどう受けとめるか、ということがあるだけなのだ、とも思いました。
誰かを、何かを、あるいは社会とか運命とやらを恨んで憎んで悔やんで生きるのか。
それとも、小さな幸せを悲しみと苦しみの残骸から掘り出して、毎日少しでも笑いながら生きていくのか。

たとえ運命を選べなくても、自分の日々の生き方を選ぶことはできる。

…そんなことを思いました。


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