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「聖歌譜展」など

2010年12月19日 22:49

ともだちのでてるカード展に今日いこうとおもったら昨日まででした…!
あああ今日までだと思ってた~~ごめん!!><

そんな昨日は歯医者でした。
一年かかって直る見込みがなかったのに、今のところはすでに四回目にして金属の土台をいれるところまで到達。
疲れているときにはばい菌の巣(レントゲンでみせてもらった)が活発化していたくなることもなりますが、概ね良好です。
ほんと替えてよかった…というか口コミって偉大です。紹介してくれた人に感謝なのです。

そんで前々回の買い物でサイズ違いのスラックスを交換してもらいにいってきました。
なぜかレシートだけ紛失していたので無理かな~と半分以上あきらめていたんですが(その場合は誰かサイズ合う人にあげようかなと)なんとレジのPCの履歴を検索してくれて交換してくれはりました~!
でも抽選会をやっていたことにきづいて、そのレシートがあれば10回くらい抽選できたのに!!と思うとがっくりでした。
でも欲張ってはいけないのですね。。
無印で母親用にはじめて無印良品のギフトカードなるものを買いました。
ギフトカードなのにチャージ式という不思議なしろものです。おかげでチャージ扱いなのでまた抽選できず(笑)
よろこんでもらえるといいな~


今日はめずらしく二日続けておでかけする余裕がありまして。
先日のこれまた好日居さんでご案内をいただいた「聖歌譜展」という中世の楽譜を展示したギャラリーにお邪魔させていただきました。
町中にひっそりとあるこじんまりとした品のあるギャラリーで、ちょっと敷居が高そう(本来の意味とは違うけど)と思ったけどえいやっと。

誰もいなくて店主さんが「これは16世紀のイタリアの譜面です」と静かに解説してくださいます。
写本好きにはたまりません~
中世の楽譜というのは今ある五線譜ではなくて、4線で、音符の形もことなっていることをはじめてしりました。
時代がくだれば羊皮紙にひとつひとつ手書きされていたのだ、と思うと、それが「いま」「ここ」にある不思議を思うのであります。展示では古いものでは1260年くらいのものがありました。

書かれてある文字が読めればもっと楽しいんだろうなぁ。
もしラテン語を勉強したとしてもくせのある飾り手書き文字は難読そうだけど。


昨日夜なんだか眠れなくて、ちょうど買ったばかりの本をすこし読んでいたのですが、その本に15世紀半ばにグーテンベルクが印刷技術を発明することによって、それまでの聴覚的な言語世界から、視覚的な文字世界への大きな変化があったと書かれていたことを思い出しました。
口頭コミュニケーションから眼でみる文字のコミュニケーション世界へ。
その変化はおそらくある程度はゆっくりだったのでしょうけど、そうとう大きなものだったのでしょう。
いまだとインターネット黎明期や、テレビや電話が登場したような感じでしょうか(電話は音声世界ですね)。
文字は平面だけど、音は360度だ、みたいなこともあって、これもまた普段なにげなくすごしてて全然きづかないけど、新しい見方だなぁと。
ちょうどグーテンベルグの印刷したラテン語版聖書の断片もそこに展示されていて。
これも共時性かな、なんて思いました。


しかし日本語って象形文字が母体なこともあって、もとから視覚寄りな言語なのかなとも思います。
はなしているとそれがひらがななのか漢字なのかカタカナなのか、わからないけど、頭の中でちゃんと自動的にイメージしているんですよね。でもアルファベットだとアルファベットしかないからあんまりイメージに頼ることもないのかなぁとか。
そっかだから私はリスニングが苦手なのか!(たぶん違)

ちょっとずつ勇気をだして新しい世界にふれてみたいと思います。できるところから~
さ、明日からまた日常です。


そらまめさん、コメントありがとうございます。レス少々お待ちくださいm_ _m
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維新派公演@犬島紀行その2

2010年08月16日 22:11

前回の記事のダメっぷりにへこみつつ、
そのあとばたばたと用事がはいって間が開いてしまいましたが、その2です。


維新派といえば、やはり広大な空き地に1から野外舞台を設置し、舞台にいたる道に「屋台村」ができ、さながらそこはサーカスや漂泊する民の一時の住処のようなおもむきがあります。
DSC01192.jpg
お酒やエスニックな料理やなんと散髪やさんまである屋台村。
そこで、はらごしらえ(豆カレーとジンジャービール)をします。

DSC01193.jpg
屋台村を抜けると、そこに見えるは舞台!!
廃墟のバックを見事に後景にとりこんで、木組みの足台でくまれた、期間限定の舞台です。

この時点で5時を過ぎていて、正直製錬所の拝観はあきらめていたんです。
でも行ってみたらまだ開いていてラッキーでした(「家プロジェクト」は16:30まででした)。
まだ開演まで時間があったので、拝観することにしました。閉館前で人がすくなかったです。
実は、製錬所の廃墟そのものをみるのだとおもってたんですが、製錬所あとをまるごと利用した現代アートになっていました。煙突の気流のパワーを利用して、建物内の温度調節がされているとか。

DSC01195.jpg
建物にはいる前にあった純日本風の家屋の中に浮かぶ文字の群れ。
この文字が何なのか、そしてこの建物が何なのか、はあとで明らかにされます。

建物内は写真撮影禁止だったので文字だけで説明するのはむつかしいのですが…。
ガイドさんが説明してくれるのですが、まずは暗闇のなかに浮かぶ見の丈ほどの太陽の画像をみます。
その先には、ほとんど光のないまっくらな鉄のむきだしの坑道があり、そのつきあたりには、微妙な角度でずらして配置された鏡があります。
この鏡のトリックによって、暗闇の坑道に、最初に観た太陽の映像がどこまでも浮かぶ、という仕組みになっています。
広さは人三人が通れるくらい。光源も、ずっと先の出口にある明かり取りから鏡を利用して足下を照らすくらいの明るさを確保しています。これは三島由紀夫の『太陽と鉄』をモチーフにしてつくられたとか。
そこを抜けると、広い空間にでて、空中に日本家屋の一室が宙に浮かぶ不思議な岩の広間のようなところにでます。
この家屋も、そこに再現されていた部屋も、さらに表の書院も(トイレが枯山水の庭園に配置されるというシュールさ!)元々三島由紀夫の生家の廃材なのだそうです。
なんでも取り壊されるのをしのんで財団が買い取ったのだとか。
枯山水に便器って三島由紀夫もびっくり?!
なもんで三島由紀夫フェチな方にはたまらん場所だと思います。
次の部屋は、合わせ鏡になっていて、そこに血がしたたるように三島由紀夫の霊をモチーフにした作品(しまった失念してしまった)の文字が浮かび上がってきます。暗闇に、合わせ鏡に、文字に、血…!え、結構怖いです。

DSC01194.jpg
表のあの文字たちは、三島由紀夫が自殺した際に残した「檄文」だったのでした。
なにもかにも明白にするような夏の島で、三島由紀夫の「念」を観るような、不思議な世界でありました。
しかし、美しかったです。
(坑道~表の部屋?まですべてが一つの作品だとか。
柳幸典「ヒーロー乾電池」(2008年) 素材:三島由紀夫「松濤の家」の廃材、犬島石、犬島スラグ、犬島カラミ煉瓦くず、水、鏡、フロストガラス、鉄フレーム、金メッキ鉄、映像、音響…犬島アートプロジェクト公式サイトより)

さて、そして演劇であります。
DSC01196.jpg
DSC01197.jpg
ぐらぐらする木でできた、桟橋のような橋を渡って、舞台への道をとおります。
しかし煉瓦づくりの塔と、それをとりまく建物は、廃墟とは思えない凛とした美しさでありました。
チケットをみせて、ざぶとん(というかスポンジの板みたいなの)をもらいます。

DSC01199のコピー
廃墟の塔と、廃墟から連続するように舞台がくまれています。どこからどこまでが今回つくったものなのか、わからない感じ。
友人がとってくれた席はちょい下手よりの真ん中あたりというちょうどいい席でした。

そうこうしているうちに陽は沈むものの、まだ陽が落ちきる前に舞台ははじまります。
内容は…えーと、説明するのがむつかしいのと私がちゃんと理解してるかどうかアレなんですが、南から島々をつないで時間と空間を超えた「島の道」をたどる、そして大戦、歴史と個人を描く感じです。
むしろ明解なストーリーがあるという感じではなく、分断された言葉や音楽がそれぞれシーンやイメージやメッセージをつくってる感じです。
作・演出をされている松本雄吉さんは、インタビューで「観る人それぞれにゆだねる」みたいなことをいわれていたそうで。私は、みながら今日の犬島での体験(船、波、移動、貝、名前、個人とそれをつつむ大きな歴史…)が再構築されていく感覚を味わいました。観た人の経験や、思いや、歴史によってそれぞれに、その人の中で物語がうまれたのでしょう。
こういう物語を観る側がある程度考えないといけない作品って、ストーリーにひっぱいってほしい時や、疲れていて娯楽に見を任せたい時にはちょっとしんどいのですよね。
でも犬島にわたる、という過程を経ることで、自分の中で普段からの雑踏から離れて器(あるいは余裕)ができていたと思います。
そういえば平沢師匠も『点呼する惑星』で、
「これは音楽の作品である。物語は音楽の流れを整えるために解体され、断片化された。
まずは音楽として楽しんでもらいたいと思う。
「点呼する惑星」の物語は、リスナーの数だけ有っていいのだ。」と言っておられたなぁ…と。

何かものを伝えるとき、言葉であれ、演劇であれ、セリフであれ、同じ経験を共有するのは、たとえばうつ病を経験したことのない人にそれを伝えるのが困難なように、同じ経験をもたない人に伝える困難が必ず存在すると思う。
かといって誰でももっている普遍的な経験とは、もう言い尽くされ、表現されつくされたがゆえに陳腐になってしまってるし。
そうした「表現=伝達」としての一つの結末として、言葉の断片化あるのだと思います。
断片化することで、受け手の自由な発想を制限しない、ということでしょうか。
詩とか、現代アートとかかくもすれば「難解」とか「よくわからない」とかいわれがちですが、断片化されたゆえの自由さがそこにはあると思うのです。

音楽といえば!
下手の客席からすこし高くなったところに小さなブースがあり、そこでなんと芝居にあわせて生演奏が!
音楽担当は内橋和久さんという方なのですが、たぶんその方だと思います。
アンプ?いじったり、ギターのネックの真ん中をぶったぎったものをヴァイオリンの弦でひいたり、あるいはギターを演奏してるんだけど、音はシンセっぽい感じだったたり…。
詳しく知らないのですが、あれは師匠もされてたMIDIギターみたいなものなのかな~と時々芝居そっちのけ(ってことはないけど)ガン見してました。
いや~ゼイタクだなぁ。

ゼイタクといえば、天候にも恵まれ、舞台は真の闇に包まれることはなく(野外だから完全な暗転がないんですね)、ずっと満月の一歩手前の煌々たる月明かりと、塔のすぐそばに輝く金星、そしてたくさんの星の下での観劇でした。

夜になると私のオンボロデジカメではほとんど暗闇しか撮れなかったので、写真がありません。
終劇後は、岡山に帰る船便がすぐのと二時間後のと二つあり、のんびり第二便したため、海辺の岩にねっころがって波の音をききながらぼんやりしてました。
昼間の暑さの疲れと、遠出に寝不足の疲れで岩の上にねっころがってましたが、星がよく見えて大層きれいでした…といいながらもカレーを食べたにも関わらずものすごい空腹で、ベトナムフォーにモンゴルパン(片めのぶあついナン+新鮮なお野菜にピリ辛ソース)を食べてました…。ほんとにおいしかったです。


そして、22:30にフェリーにぞろぞろ乗り込みます。
維新派の方々が港まで見送りにきてくださり、手を降って盛大にお別れ。
さらば、犬島。
また会う日まで。

闇夜かと思いきや、月の照らす思ったよりも明るい夜の海の世界を、フェリーはすすんでいきました。
月光浴フェリーでした。
くだけては消えるあるようでない波の形や島の形、それらを照らす大きな月や星をみていると、ふっと「いつかはあのおおきなところに還っていくんだ」というタオの一文が、しみこんでいくような気がしました。
頭の中ではなぜか平沢進氏の「達人の山」が鳴っていて。

全体的に、とても静かで深い旅行でした。
あの旅行に行けて幸せでした。

明日からまた仕事です。切り替えてがんばります。


あ、プロモーション映像あったんではっときます。
これでイメージ伝わるかな…これだけみたら怖いかも?
(ちなみに#2の『呼吸機械』はびわ湖上の特設野外舞台でして、舞台を流れる水はびわ湖の水です)


維新派の公演が気になった方、2010年12月2日~5日まで、さいたま公演があります。
埼玉の芸術劇場らしいけど、実は維新派の公演を屋内でみたことがないんよね...


一緒につきあってくれた親友とはもう15年以上のつきあいになりますが、話している時間よりも沈黙の方が多かったです。沈黙が落ち着く関係とはありがたいものだと思います。
以下ちょっと私的な内容なのでおりたたみます。

[維新派公演@犬島紀行その2]の続きを読む

維新派公演@犬島紀行その1

2010年08月10日 12:33

記憶が色あせない内に犬島のことを書いておこうと思います。

維新派「台湾の、灰色の牛が背伸びをしたとき」犬島公演
2010年7月24日(土)~25日(日)に行ってきました。
思えば8年前に別の公演を犬島の製錬所跡でするということで、その時どうしてもいけなかったその旅にようやくいけた念願の旅でした。

犬島は、瀬戸内海の岡山沖にうかぶ、人口約60人の小さな島です。
(犬島精錬所が開設、営業されていた最盛期10年の間には住民は3000人を越えましたが、精錬所閉鎖と採石業の衰退により現在の人口は55人となっているそうです。)
島は半日かけて一周できるくらいの広さ。
そこには昭和初期に操業を停止した、巨大な煉瓦作りの銅製錬所が廃墟のまま残されています。
廃墟のままといっても、現在「犬島アートプロジェクト」という自然と人と産業遺産を組み合わせたここころみがなされており、瀬戸内海を舞台にした「瀬戸内国際芸術祭2010」の一つとしての、今回の維新派の野外舞台なのでした。


不眠による寝不足と疲れでふらふらで親友と二人でまずは新幹線で岡山まで。
そこからバスで新岡山港まで行き、さらにフェリーに乗ります。
チケットとセットで乗船券も買ったのだけど、このツアーがじつにゆるゆるで、バスに乗る際の「身分証明署」が必要だったはずなのに申し込み書だけでOKだし、適当な人数が乗り込んだら「発車します」などのアナウンスも一切なしで突然バスは動きだすしw
そして突然とまって、「あ、ここで降りるのね」とぞろぞろ降りる人々。
もともとツアーよりもゆったり一人旅が好きなので、こういうゆるい感じってきらいじゃないですよ。

港に到着。内地に住んでいる人間には久しぶりの海なのであります。
DSC01175.jpg
港からすぐ近くに見えた島?あすこに渡りた~い!と思わず騒ぐ。

港にとまっているでっかいきれいなフェリーに、「あれに乗るのか!!」と友人と二人でコーフンするも、でかい美しいフェリーはあっさり出航し、そして漁船をちょっと大きくしたようなちんまいかわいいフェリー?が到着。
ああやっぱり。。
総勢200名ほどがのれるの?と思ったらしっかり収納されました。
船を堪能するべく、あえて室内には座らず、友人と二人で船尾の甲板に陣取り、海風と風景を全身で堪能します。
しかしこの日はカンカン照りで異常に暑さがつづいており、熱心にこまめに水分補給と日焼け対策につとめました。
DSC01179.jpg
空と海の青の真ん中を、フェリーは進みます。

DSC01181.jpg
おだやかな瀬戸内の海。かわらないようで刻々と変わる雲や空の姿にみせられます。

DSC01184.jpg
40分くらいで、見えた! 犬島です。ほんとに小さな島でした。
右端のほそーい塔が製錬所の塔のようです。

DSC01185.jpg
小さな島の小さな入り江に、ででん!と目をひく近代的な建物。
「犬島アートプロジェクト」の文字が。
この建物が黒っぽいのは島でよくみられる焼杉板、という杉の表面を黒く焼いた木材でつくられているからでした。木は一度焼くと耐火性ができるのだとか。昔の人の知恵なんだなぁ。

この裏側の芝生の広がる海岸沿いで注意事項などをうけたあとは自由行動です。
ここでしか売ってない「製錬所」の入館チケットを購入して、いざ犬島探索へ。
みんながあんまりにも製錬所の方へむかっていくから、その流れとはさからうように、島全土を歩きたいというお互いの意志の合致により、上演時間まで散策に向いました。
離島にきてまで混雑をあじわいたくないよ~

DSC01189.jpg
太陽は中天を過ぎたものの、まさに昼のさかりの犬島は、くっきりとした光と影の中に、どこかで見た夢のような世界でした。
「犬島時間」というキーワードを見たのですが、まさにそこでは時間の流れが異なりました。
もはや人の住んでいないまま放置された家も多く、けれども確かにそこで変わらず暮らしている人がいて。

DSC01187.jpg

私は転勤族だったのですが、暮らしたところは比較的田舎が多く、しかも父方の祖母の家が超がつくほどの純然たる田舎でした。歩いて20分くらいで日本最後の清流といわれる川にいけて、人家よりも田んぼが多く、夜は暗闇よりも星が多いようなところでした。
今はそこもそれなりに観光地化されているようですが。
思えば自分のなかには、そんな「田舎」の景色がずっと底の方にあって、少年(あ、少女か)時代のあの1日の時間がどこまでも続く夕暮れのような長い感覚を思い出すのです。
キリコの絵のように時間の止まった夏の世界を、こどもが裸足で駆けていく、そんな感覚に襲われました。
そのこどもはきっと「私」でもあり、「あなた」でもありうるのかもしれません。


DSC01188.jpg
そんな中になんの前触れもなく、ポンっと作品がおかれています。
過疎の村に現代アートって…シュール…。
この作品は歪曲した巨大なアクリルのケースに、やぶれたレースが吊るされている、というもの。
真ん中あたりに1ドル紙幣の裏側が刻印されています。左側にピラミッドの上に目があるような記号があるけどフリーメーソン?と思ったらプロビデンスの目というそうですね。へー。
この作品もそうですが、現代美術って見る人(や状況)によっていろんな意味にとれると思います。
現代人のモノとカネに喚起される欲望のとらわれた精神の危うさとか。いろいろ。
そう思うとこれを離島におくって皮肉じゃない??と思うのは私がひねくれてるから?w


DSC01190.jpg
ずんずん歩いていくと、岩の上にくだんの塔が近くに。
塔は複数あって、そのうちいくつかは崩壊が進んでいるようです。

深まる静寂のなか、友人とほとんど言葉をかわすことなく、ひたすらに歩いていきます。

するとその静寂にそぐわない粗いJ-POPの音がどこぞから聞こえてきます。
なんだなんだと思いながら道なりに歩いていくと、やがて海岸に出て、そこが海水浴場なのでした。
「海水浴場BGM」だったのですね…。

地元の人か、観光客がちょっとだけ泳いでいる人もいて、楽しそうな雰囲気。
キャンプ場や、すこし離れたところにカヤックもできて宿泊施設のついた自然の家もあるので、なかなか設備充実のようです。
犬島は花崗岩が有名で、大阪城築城の際にもはこびだされたといわれるくらいに、岩の多い島です。
砂浜は、岩が砕けてさらさらというよりもすこしざらざらで、無数の貝殻が打ち寄せられていました。

DSC01191.jpg
海を臨めるいいポイントに岩の椅子が、と思ったらこれは大阪の芸大生がつくったものだとか。
プロだけでなく、学生さんともプロジェクトをやってるのですね。
ここに腰かけて海を臨むことしばし。
なんとなく「裸足で歩きたいな」とぼそっと言うと、
「歩こうか」と友人。

靴も靴下も脱いで、砂浜を歩いて行きます。

形も色もバラバラの数えきれないほどの貝殻には、無数の名前があって(人間がつけて)、その名前を私はしらないけれども、貝にとってもそんな名前はどうでもいいことなのだろうな、と思ったり。
小さいものの方が痛みがすくなく完全なカタチを残しやすいようです。
足の裏全体で、地面や波やそうした貝の無数の死骸と対話するというか、そんなここちよさがありました。
「裸足で歩きたいと思うけれども、なかなかそうできないよね」
とぼそっと友人がつぶやくように言いました。
確かに、町中(でなくても)ほんの限られた場所でしか、裸足で歩いていたらヘンな目でみられるだろうなぁ。
「タブー=してはいけない」とまではいかないけど、「(みんなしてないから)しない方がいい」「合わせた方がいい」ことに縛られて、思うようなことができないそんな世の中なのかも。

そう思いながらいよいよ演劇の舞台にもなる製錬所に向います。

長くなったので、二回にわけます~。

等伯展、犬島幻想、原子と分子に夢をみる

2010年05月05日 22:03

GWは7連勤ゆえ「3連休」でございました。

一日目はひたすら休んで、掃除、買物でのんびり疲れをとることメインで終わり。

そして2日目には、念願の長谷川等伯展に行って参りました。
京都国立博物館で開催していたのですが、会期が短くて(4/10~5/9)GW中になり、かなりの人出でした。
二年前に同じ場所で、狩野派の展覧会を見たときにすでに告知されていて、どうしてもいこうね!と友人といっていたのですが、まさかこれほど会期が短いとはおもわず。
予定もあうかどうか心配でしたが、いけてよかったです。
友人が調べてくれたところによると、夕方がまだ空いているとのことなので、夕方4時くらいから行きました。それでもなんと80分待ち!で館外に長蛇の列が…。
しかし会場整理の方によると朝はさらに混んでいて110分待ちだそうなので、まだマシなようでした。


会場はよくこれだけ作品を集められたな、という数と各時代の作品が集められ、みごたえ十分でございました。
等伯は石川県の七尾の出身だったそうで、その七尾時代の作品(繊細で緻密な大和絵風の作品)から、上洛して狩野派とならぶ人気絵師になる過程が概観できる展示になっていました。
狩野派が二条城の障壁画を描く仕事を得たときに等伯ともめたとか、大徳寺三玄院の襖に画をかくのに当時の住職が留守のときにだまって入って描いちゃったとか…。
その仕事が認められ、大徳寺の三門の障壁画の仕事が以来され、等伯はいちやく都の人気絵師としてみとめられます(当時もう50代)。
しかしその二年後には跡継ぎとして才能をもっていた長男久蔵が没するなど、栄華と不幸が同時に絵師を見舞います。

その七回忌に描かれた「仏涅槃図」は圧巻の一言でした。
tohaku09.jpg
(長谷川等伯画「仏涅槃図」 本法寺蔵)

博物館の壁面におさまりきれない大画面(上から垂らして、下へとおれまがるように展示)という大きさもさることながら、仏陀の入滅をかなしむ動物たち、まわりの羅漢さんたち、その表情が本当に悲しみに満ちているのです。春信時代にかかれた同じ主題とくらべても表情の違いは歴然です。
沙羅双樹の花はひとつも咲かず、みているこちらまで胸にせまる悲しみがあります。
となりのおんなの方も、ふと眼をハンカチで眼をおさえられていたのが印象的でした。
しかし、この動物たちの中で唯一、梟(らくだの右上)だけがこちらをみつめているのがとても気になりました。

実はこの作品、数年前に同じ友人と偶然たちよった本法寺というお寺で一度拝観しているのです。
宝物館内に、二階分をつらぬいて展示されていった圧倒的な涅槃図はこれだったのか…!と感動しました。

さて展示の最後には、牧谿の影響をうけて描かれた国宝の『松林図屏風』や『枯木猿猴図』が展示されていて再び感動いたしました。

元々西洋史専攻で、西洋絵画メインだったのですが、昔大学時代に同じ場所で、「桃山の障壁画展」をみていらい、この時代の画の魅力にもみせられたのですが、また再会できてうれしかったです。
しかしふとおもったのですが、これらの障壁画はもともとの状態でみればさぞすごかろうと。
つまり、暗がりのなか、行灯の紙からてらされる蝋燭の光でみれば、まさに飲み込まれそうな迫力があるだろうな、と。
まさに谷崎潤一郎の『陰影礼賛』ですね。


しかしそれにつけても等伯が大きく影響をうけた牧谿の「観音猿鶴図」がみたい…!
大徳寺がもってはるんやけど非公開なんですよね。いつぞや大徳寺まで行って受付で「牧谿の「観音猿鶴図」があるってきいたんですけど…」ときいて受付の方に「はあ?」みたいな顔された自分赤面><
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(牧谿筆「観音猿鶴図」 大徳寺蔵)
牧谿の真筆はおそろしく数が少ないそうなんですよね~。


* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *

さてさて、「再会」といえば。
八年前に、どうしても見たくてみれなかったとある演劇公演に行けることになりました!><

維新派という劇団が、犬島という瀬戸内海に浮かぶ離島の銅製錬所跡(昭和初期に操業停止)に野外劇場を建設し、行う公演。
廃墟で野外演劇という、これ以上ない私的ツボな公演なのです。
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犬島:製錬所跡

当時私は新入社員で、どーーしても休みがとれずに涙をのんであきらめた、その公演に、演目は別ながらもいけることになりましたヾ(*´∀`*)ノ
二ヶ月ほど先ですが、そのとき同じく涙をのんだ友人と無事にチケットもとれました。

維新派という劇団はDMによると「「移民」や「漂流」をテーマに1970年の創設以来一貫してオリジナル作品を上演。発語、音楽、踊りなどが非常に独特で、とりわけ野外に自らの手で巨大劇場を建設するという手法は国内外から注目を集めている」という変わった劇団です。

昨年いった、びわ湖の湖上にはりだした水上舞台もすばらしかったです。
闇の水に、建造物や言葉や人がとけてゆくような現実とその境界線がとけてゆくような舞台でした。

維新派
『台湾の、灰色の牛が背のびをしたとき』
維新派HP:http://www.ishinha.com/index.php
瀬戸内国際芸術祭HP:http://setouchi-artfest.jp/




あらためて、こうして楽しみができるということ、それ以前に、予定がたてられてそれを楽しみと思えるようになったことがありがたく思います。
2月のライブの前に楽しみを楽しみと思えない状態や、もっと前には予定をたてることが怖い、スケジュール帳を見るのも怖いという時期があったことを憶えておりますので。
その私もやがて統合されて、消滅はされずゆるやかに新しい私になっていくのでしょうか。


* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *


今日ふと神社を散歩をしていておもったのですが、細胞とか原子とか分子とか部品の総体としての「私」が死んでも、部品としての原子や分子はなくなったりはしないんだな、と。
原子や分子はかたちをかえたりはする(たとえば体内の構成成分の70%をしめる水から、水蒸気などへと)けど、死ぬ訳じゃない。
考古学の放射性炭素年代測定法とかみても、何千年も、その生物のなかでのこってたりするのかなぁと。
とすれば、わたしのなかの水が、むかしどこかの海の水の原子のひとつだったとしてもおかしくないのかなぁ。

「聖地チベット ポタラ宮と天空の至宝」展

2010年03月22日 22:04

嵐になったり晴れたり寒くなったりと激動の三寒四温が続いています。
昨日お彼岸だったそうだけど、今日も夜は寒いかったですね。

昨日は昼まで寝て、部屋の片付け+インテリアをグリーン主体の春仕様にしてみました。
調子がいいとインテリアをいじる気になれます。
最近昔よりぱきっとした明るい調子の色が好きなようです。


そして今日は友人と大阪歴史博物館まで『聖地チベット ポタラ宮と天空の至宝』展をみにいってきました。
そらまめさんが以前に東京でみられていたのと同じ展覧会が大阪に巡回してきたのです(使い方ただしいかよくわかってないのですがトラックバックさせていただきます)。

が!
楽しみにしていた「守り神おみくじ」がない!!
え~~~
確かに大阪歴史博物館は入り口せまくて混雑もすごかった(会期が3月末までなので、さすがにすごい人でした)けど。こういうのって開催する館の学芸員さん次第なんですかね。
しかし内容は充実していてとてもみごたえがありました。
古色ではない鮮やかな金に、ラピスラズリをおもわせる青の頭髪。身体を飾るトルコ石や宝石の数々。そして髑髏にロータス。
絢爛で官能的だけど優美で抑えた美しさがあるのです。
日本の仏像と違って、男女の仏像があることといい、高僧の骨をつかった道具といい、非常に肉体的な仏教なのだな、と思いました。精神だけでなく肉体性も重視してるのかしらん、という。

その前に「ナイラートミヤー座像」という女性の仏像があって、「永遠不滅で実体の存在しないとする「空」の思想を示している。空は方便(慈悲)という男性原理に対する女性原理である」とあって。
「慈悲」と「空」が相対するというのは中々奥深いなと思いました。
方便=慈悲なんですね…。
その慈悲と空が合体することで悟りが開けるとし、それをあらわしたのが「カーラチャクラ父母仏立像」。男女が和合するという姿であらわされてます。

ふと思い出したのですが、日本でも立川流とゆー真言宗の超異端があって、それは男女の和合の過程を通じて即身成仏をめざすというちょっと肉体的すぎる流派だったんですが、髑髏本尊なんてのもあって、
今回のチベットの仏さんにもたくさん髑髏があるのをみると(不浄なものも悟りには必要ということらしい)、この流れを歪曲しつつもくんでいるのかなーなんて。
余談だけどヒエロニムス・ボッスについて調べたときに、たしかキリスト教にもそんな秘教があったなぁと思ったり。

なんというか極端に性を排斥するのでも信奉するのでもなく、どこかで肯定しながらも精神や肉体のバランスがちょうどいいところでおさまっている、という感じがいたしました。

あとはあげるときりがないけど、実際に手が千本ある「十一面千手千眼観音菩薩」や「ダーキニー立像」が印象的だったです。
「十一面千手千眼観音菩薩」の、上から二番目のお顔だけ全然違う顔なのが気になってたら、あとででてくる「マハーカーラ」(大黒天)では?と思いおもわず見に引き返してしまいました。たぶんそうだと思うけどなぜそうなのかは不明…。

画像をご覧になりたい方はこちらへどうぞ(リンク先はみやすかったので東京ですが)
「聖地チベット ポタラ宮と天空の至宝」


そうそう某有名密教のお寺でバイトしていたことがあるのですが、そこで毎日拝見してた立体曼荼羅と同じ仏様(金剛会五仏座像)がいはったのは歴史の流れを感じました。

見応え十分の展覧会でございました。
次は京都国立博物館の「長谷川等伯」展に行きたいな~!

あとはスタバでのんびり友人たちと色々お話してまったり楽しみました。

そして昨日つくったグリーンカレーと、枝豆とカニカマなどのサラダを食べて連休もおわり。
普段たいしたものをつくってないけど、旬のタケノコつかって、ちょっとがんばってみました!
無印良品のグリーンカレールーをつかったんですが、なかなか本格的でおいしかったです。
しかし一人だからこうして気ままに料理したりできるけど、私は今自分ひとりの世話で手一杯だなとつくづく思います。
結婚してて共働きで家事もこなしている人はほんとーーに尊敬します。
今の私には無理だわ~。


今年は後半いくつかの美術展を見に行くことができました。人ごみでごったがえすから、入場料が高いから、などの理由で何年も美術展から足が遠ざかっていたのですが、障害者手帳のおかげで比較的空いている平日にすいすい見られるので大いに活用させてもらっています。この記事は本来なら4つの展示会ごとに更新するところをひとつにまとめたので長いです。ダウンロードするのに多分重いです。すみません。「第1回所沢ビエンナ�
2009年美術展




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